ためらう本

2005年8月19日
 曽野綾子氏の本を読もうと思った。
 本当に久しぶり。
 この人の本は好んで読んでいたけど、ある時期をさかいにぱったり遠ざかっていた。
 読むと殆どない良心みたいなものがシクシクと痛むからだ。

 今は他人と関ることが極度に少なくなったので。
 読む気になったのだろう。
 中途半端な良心が疼きだしても、今ならば誰にも関っていないので侵食されることもないと安心しているからだろう。

 何ごとか起こったときに。
 内反というか反省。
 そうすることは多分良いことなんだろうけど。
 だけど。
 そんなことを思っていたら、あっという間に喰われてしまう。
 右の頬を打たれたら、せめて左は死守したい。

 自分が正しいと思える程、楽なことはない。
 誰に責められようが、自分は正しいと思うのだから。
 その姿を美しいとは思わないが。
 でも、わたしはそういう人になりたいと思った。
 他人の立場なんて気にせずに目先の損得で動きたいと思った。
 どれ程それを強く望んだだろう。
 だけど、限られた人を除いては、そういうのもストレスになる。
 殆どの人は環境や立場で、そのストレスを受け続け。
 それに耐えて、徐々に慣れて。
 そうして、ふてぶてしさとか自分勝手さを手に入れる。
 それもまた努力なんだと思う。

 借金を抱えていた彼。
 まだそう事態が深刻ではなかった頃に。
 金になると言われて、最近話題の悪徳リホームの会社で営業をやっていたことがあった。
 もちろん歩合性。
 営業のスキルは高かったというか、自分を売るのが上手な人なので。
 その仕事でもメキメキと頭角をあらわした。
 あっという間に驚く程の給料を手にするようになった。
 
 そんなある日。
 もう辞めたい、騙すようなことをするのは辛い。
 と彼が言った。
 わたしは。
 原価2万のふすまを20万で売った、それの何処が悪いのよ。
 あなたコカコーラの原価知ってる?
 何円よ、何円。
 でも、誰がコカコーラに騙されたって騒ぐ?
 騒がないってことは、顧客が納得していればそれでいいってことでしょ。
 と言い放った。

 だけど。
 俺に貯金通帳を預ける人がいるんだよ。
 俺、その残高見て、20万や30万くらいなら使って貰ってもいいと思ってリホーム勧めてきたけど。
 会社の方針としては、残高がゼロになるまでやれってコトみたいで。
 そんなこと俺は出来ないし、したくない。

 わたしは黙る。
 そりゃ辛いと思う。
 辛いだろうけど。
 そんなことが言えるのは。
 というか。
 そんなことをわたしに言うのは。
 わたしに稼げと言っているのと同じこと。
 すなわち他に選択肢、余裕があるから言えたことだ。
 
 だけど、わたしだったらどうだろう。
 きっと彼と同じなんじゃないか。
 そこまでは出来ないということがある。
 それでも、もしそこに他の選択肢がない場合。
 覚悟を決める必要が出てくる。
 それこそ喰うか喰われるか、だ。

 結局、彼はその仕事を辞め。
 彼の稼ぎをカバーする程の仕事と言えば風俗しかなく。
 わたしはそこまでは出来なかったので。
 結果として彼は喰われた。
 もっと手を汚し。
 もっと残酷な場面に立ち会わなければならなくなった。
 その覚悟が出来ていたのなら、それで本望だろうけど。
 そうではなかっただろうから。
 甘い優しさを振りまいた分だけ、自分が追い詰められたのだ。

 そんな目に合う確率は多分少ないと思う。
 少ないと思うけど、ないわけじゃないので。
 やっぱりいつも警戒は怠らずにいたい。
 中途半端なものは良心だって優しさだって事態を悪化させることがある。
 喰われる覚悟がないのなら、喰える立場に回らなければ。
 きっと後悔するだろう。

 だけど。
 曽野氏の本を読んでしまえば。
 そんなことを考える自分が意地汚く了見の狭い人間に思えて。
 中途半端な良心を疼かせることに間違いはない。
 なので、手元にあるのに。
 読むのをまだグズグズと迷っている。

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