彼女の妊娠

2004年2月11日
 友達の妊娠。
 その状況は、どうしても、過去を思い出させる。
 メールを受け取り、読んでしまうと。
 一瞬にして、わたしは忘れかけていた当時が生々しく甦り。
 会社のデスクに座っているというのに、胸が苦しくなり。
 朦朧と意識が遠くなって、あわててトイレに駆け込んだ。
 
 好きな人の子供だからこそ、産みたい。
 それが本音なのに、その好きな男は、子供など望んでいない。
 もちろん、人間だから、そう酷い言い方はしないが。
 結局はそういう事で。
 それを押して、迷惑がられてまで、産みたくはないのだ。

 そして、22歳のわたしは、自分が母親として生きていくより、まだまだ女でいたかった。
 親になるよりも、自由でいたかった。
 まだまだ、自分の未来を漠然と夢みていた。
 
 でも、彼女はかつての私と違い、もう30歳間近だ。
 女で生きる事より、母親になりたいと思ってもおかしくはない。
 
 わたしは、彼女の人生に責任は持てないから、意見は控えたが。
 どうするのだろうか。
 消えていこうとする命を、わたしは傍観する事しか出来ない。
 それも、罪深いことなのだろうけど。
 でも、人殺しのわたしが、そんな事を言って見たところで、何の意味もない。

 苦しい日々が続く事だって、当時の私を知っている彼女は、今更、言わなくても解かるだろうし。
 
 男の態度はどうでも。
 その子を殺したのは、わたし。
 一人で産むという選択もあるはずなのに。
 きっと、顔を見てしまえば、殺すなんて、絶対出来ないのに。
 なんの意思表示も出来ないのをいい事に、抹殺したのだ。
 
 許すと言ってくれる人もいなければ。
 責めてさえ、くれる人もいないのだ。
 わたしを責める権利がある、その命は、とうに消され。
 謝るべき子の顔さえわからずに。
 その罪悪感に怯えて、地獄があるのなら、そこに行きたいと思うくらいに。
 人を殺せば、刑務所に入り、罪を償う。
 人を殺したのに、誰にも責められず、咎められない。
 そんなことが許されるのか。
 誰が許しても、わたしは許さない。
 苦しんでいるのが、当然だと思ったし。
 時間と共に、だんだん薄れる、その苦しみに、また苦しんだ。
 どこまで、わたしは自分に都合よく出来ているんだろう、と。

 許して欲しいと思った時、神はあなたを許しています。

 というような言葉、その時に読んでいた聖書に書いてあった。
 わたしには、信仰はないが、救いのようなものは、いつも聖書に求める。
 都合良く、許しを求めていた私に、その言葉は神々しいばかりだった。
 
 そうして、だんだん日常に戻っていった。
 その間に5kg痩せ、その男とは、修復不可能にまで関係は悪化した。
 
 彼とその苦しみを共有できるとは、ハナから思っていなかったし。
 一緒に背負ってもらえるとも思わなかったが。
 一人、部屋でうずくまっていた日々に、彼が他の女と会っているとは思わなかった。
 が、彼も苦しかったんだろう。

 鬱々しているのが伝わっているのに、責めもせず。
 しらじらしく元気なフリをするのが、見ていられなかった。
 辛いと言って欲しかった、と彼は言ったが。
 人を殺したわたしが、辛いなんて、言えるわけがなかった。
 母性というものを持ちながら、見殺しにしたわたしが、一人で背負うべき苦しさだった。
 そして、その結果は、やはり私への罰だったんだろう。

 あの時の子を今度は産みたい、と。
 今でも思う。
 いつか、いつか、と思っていたが。
 いつかなんて、ない。
 あの時しか、わたしはあの子供を産めるチャンスなどなかった。

 そんな事、彼女には、とても言えないが。
 出来れば、どんな事をしても。
 たとえ、相手の男に迷惑がられても。
 産んでほしいと思う。

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